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丹後に魅せられて…あれから20年

丹後に魅せられて…あれから20年⑤最終回

2016年9月1日  丹後に魅せられて…あれから20年 

おはようございます!
琴のやの形部です!
今日も波が高いですが、晴れて残暑が厳しくなりそうな丹後地方です!

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いよいよこのシリーズも最終章となりました。
調理場を任されるようになった私は、四苦八苦しながらもなんとか2年、3年とつとめさせて頂いておりましたが、平成18年6月9日兄の急死という大きな転機が訪れます。
突然、頼りにしていた経営者を失い、途方に暮れる家族、兄弟。
今、考えても私たちにとって一番辛く苦しい時期だっと思います。

私は、調理場をあがり、「支配人」として店の経営のお手伝いをすることになりました。といっても、経営の経験、営業のノウハウを知っている訳ではありませんでした。手探りの中、気がついたらもう夏のシーズンが始まっていました。
「夏がはじまっています!」そんなタイトルのついたDMを恥ずかしながら、送った覚えがあります。

どうしたら集客できるのか?どうしたら売り上げがあがるのか?どうしたら利益がでるのか?
そんなことばかり考えては、行き詰っておりました。

そんな頃、商工会のセミナーに参加した時に、「滋賀県に素晴らしい旅館の経営者がいる」という話を聞きました。早速その方の講演された文章を読んでいるうちに、いてもたってもいられなくなり、「藁をもつかむ思い」でその方にお手紙を出しました。
「兄の急死にともない、旅館の経営をお手伝いすることになったのですが、右も左もわからず、途方に暮れています。どうか私に旅館の経営を教えて下さい」確かそういう内容だったと思います。その方とは、おごと温泉の湯元舘 針谷社長(現会長)であります。早速に直接お電話を下さり、8月末の湯元舘の経営方針発表会に来るように促されました。

8月31日 経営方針発表会を末席で拝聴した私は、社員の皆さんが、会社の方針に基づき、様々な改善に努力し、顧客満足度を上げようとしている組織としての姿に深く感銘を受けました。翌日お忙しい中にも関わらず、湯元舘のロビーで針谷社長から旅館の経営についてお話をお伺いしました。その頃私どもは、インターネット販売についても消極的で、そのノウハウを延々と教えて下さったと記憶しています。初対面の私にうちの旅館がどうしたら売ることができるのか、なにをすべきか、と親身になって教えて下さったことは、今でも忘れられません。

その後もメールでのやりとり、私のわからないことをなんでも包み隠さずお教え下さいました。
私は、無我夢中でお教え頂いたことを、旅館の経営に反映し、時間はかかりましたがなんとか安定した経営ができるようになりました。

今振り返っても、よくあんな唐突で、無茶なお願いを快く聞いて下さり、親身になってお教え下さった針谷会長のお人柄に感謝するばかりであります。会長は、現在も日本旅館協会の会長などを歴任され、旅館ホテル業全体の発展にご活躍です。

おごと温泉 湯元舘 http://www.yumotokan.co.jp/

私も今日まで多くの皆様から支えて頂いたご恩にお応えできるよう、商売を通して、当地を訪れる方々にも、地域の方々にも、そしてつながる多くの方々が幸せになれるよう、「底なしの親切~喜ばさずには帰せない~」をモットーに地域社会への貢献、観光産業発展、地域振興に微力ではありますが、積極的に取り組んでいきたいと考えています。

長々とお付き合い頂き、ありがとうございました!

京都 丹後 旅館 琴のや
0772-72-1720
https://www.tango-kotonoya.com/


丹後に魅せられて…あれから20年④

2016年8月30日  丹後に魅せられて…あれから20年 

迷走する台風の影響で西からの風が強く、
海上は時化(海が荒れている状態)の今日の日本シリーズ!
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動画でもご紹介しています。
↓↓↓
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おはようございます。
琴のやの形部です!
非常に強い大型の台風10号が日本列島に接近中!心配です!どうぞご注意して下さいね!

今日から、4日間 旅館琴のやは、「夏休み」を頂いておりますので、休館となっております。ご予約は、9月2日からできます!

夏休み、お盆の間、暑い中を一生懸命に頑張ってくれたスタッフの中には、子育て中の人や結婚を控えている子など様々。
例年ささやかですが、4月には、正月休み、9月にはお盆のお休みと、少しまとまった休暇をとって頂いています。
この時期だと、どこの観光地や遊園地、ホテル、高速道路なども、比較的安価で、すいていていて、まさにサービス業の特権いえるでしょう!
それぞれに、自分たちのやりたいことに没頭したり、家族で旅行にいったりと楽しんでくれていることだと思います。
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ちなみに昨日8/29は、「焼肉の日」だったそうです!

しばらく間があいてしまいましたが、私が丹後に来た頃のお話の続きを、もう少し…

調理場に配属替えになった私が、一番初めにした仕事は、確か≪甘エビの皮むき≫だったように記憶しています。
野菜の下ごしらえ、魚の下処理、盛り付けの手伝いなど、料理の修業の経験のない私は、先輩料理人さんに教えてもらいながら
日々「追い回し」と言われる仕事をさせて頂いておりました。

日本料理の板前さんには、
花板(はないた) – 板場を仕切る最上位者。板長(いたちょう)とも呼ばれる。
立板(たていた) – 「にばん」(二番・二板)とも呼ばれる。
椀方(わんかた) – 椀(お吸い物など)を作る人。料理全体の味を引き立て調える汁物作りの統括。
煮方(にかた) – 煮物を作る人。
焼方(やきかた) – 焼き物(焼き魚)を作る人。鮎の塩焼きや、田楽などを作る。
揚場(あげば) – 揚げ物(天ぷらの事)を作る人。焼方と同程度の位。
追い回し – 盛り付けなどを担当する雑用係。「ボウズ」(坊主)、「小僧」とも呼ばれる。一番低い位。
という役職的地位があり、段階を経てその役割と責任、給料がかわってきます。

その頃は、よほど忙しかったのか、朝4時ごろに出勤すると、もう先輩板さんが来て、黙々と仕事をしていました。
「先輩よりも早く出勤しなければと…」次の日、朝3時に出勤すると、もう2人も先輩が仕事をしている。「一体何時から来ているのー!」と思った経験がありました。毎日ついて行くのが必至で、その頃魚のさばき方、出汁巻きの巻き方などなども教えて頂き、私の調理場修業は、兄が亡くなる平成18年まで続きました。

その頃覚えた≪出汁巻き二刀流≫
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最後の2~3年程は、先輩板場さんが退職され、私が一番の古株になってしまい、調理場を任されるようになったのでした!
そこからが大変!!! かにのシーズンも終わりに近づき、春のメニューの献立を考えなければなりません。
これまで先輩板さんの言われるがまま、下積みを経験してきましたが、よそで修行してきた訳でもなく、ましてや献立を考える程のボキャブラリーもなく、不安一杯の時期が正直ありました。料理本を片っ端から読みあさりました!

「わらをもつかむ」思いで、以前調理師会や地元の青年部で食事や研修に行ったことのあった、大阪みなみの料亭のご主人に手紙を出しました。「修行の経験のない私が、この春から調理場を任されることになり、どうしてよいのかわからず途方に暮れています。私に料理を教えて下さい…」とそんな内容であったと思います。もちろん面識などありません。
今、考えると大変失礼な、無謀なお願いしたのと思いますが、それほど切羽詰まっていたのでしょう。
手紙を受けっとったご主人は、早速電話を下さり、お店まで伺うこととなりました。

3月の雪が降る日でした、丹後から電車で大阪みなみに向いました。ようやくお店にたどり着いた緊張している私を、ご主人は大変温かく迎えて下さり、自宅まで上げて頂き、お話をして下さいました。そしてご自身が出版されている料理本の原稿を紙袋一杯私に貸して下さったのです。そこには、料理の一品一品の写真に、調理法、味付け、仕上げ、盛り付けなどレシピがびっしりと書かれたものでした。「これを組み合わせて献立を考えなさい」と私を玄関まで見送って下さいました。

初対面で、門下生でもなんでもない私に、ここまでして下さるご主人の心意気、優しさに感激し、帰りの電車の中、食い入るようにレシピを見ていたと記憶しています。

それからというもの、そのレシピを頼りに、献立を組み立て、試作を繰り返し、素人の私が、どうしたらお客様に「美味しい」といって喜んで頂けるかを考え、必死になって調理に取り組んでおりました。
その後も幾度となく店にお邪魔しては、新しい料理を勉強させて頂いたりしておりました。
訪れる度に、「頑張ってるかー!」と快く声をかけて下さいました。

その後お店は若い人に任され、引退されたと人づてに聞きましたが、今でもご主人の心意気、優しさには、感謝しかありません。

安心して下さいね!当館には、今はちゃんとした板場さんがおりますので…
しかし季節ごとの料理の組み立て、仕入れ、提供の仕方など、
この頃の経験が、今、私が旅館業を営む上で、非常に役に立っていることは、言うまでもありません。

つづく


京都 丹後 旅館 琴のや
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丹後に魅せられて…あれから20年③

2016年8月25日  丹後に魅せられて…あれから20年 

おはようございます!
琴のやの形部です!
今朝も清々しい朝を迎えています。今日の最高気温は、昨日よりも5℃高い35℃の予報。
日中は暑くなりそうですので、ご注意を!

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今日も昨日からの続き、私が丹後に来た頃の事を書きたいと思います!

丹後の田舎暮らしを気にいった私は、兄の旅館のオープンの準備に明け暮れる毎日。
旅館の新規オープンがこんなに大変なことなのか、と実感しながらもなんとかオープンにこぎつけたのが12月14日。
『弁当忘れても、傘忘れるな』と言われるように、冬になると日本海側特有の「うらにし」と呼ばれる強烈な北西の風が吹き荒れ、どんよりとした雨、雪の日が多くなります。

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丹後の冬も初体験の私が、一番に買ったものは、「傘」と「長靴」だったように記憶しています。
12月に入ると雪が降る日が増え、大阪から持ってきた≪軽4自動車(二駆のノーマルタイヤ)≫は、役に立たず、スリップ事故で廃車にしてしまいました。178号線

この頃(平成8年ごろ)松葉ガニ漁の解禁(毎年11月6日)を迎えると、当地域へ連日、京阪神からの直行バスが多い日には、10数台連なって入ってくる。オープンしたての旅館は、連日、日帰りと宿泊のお客様で超満員で、フロント見習いの私は、連日、訳のわからないまま対応に追われていました。そしてつくづく「丹後の蟹を求めて来られるお客さんがこんなにおられるんだ」と蟹ツアーのニーズが多いことに、旅館業1年生の私は、びっくりしたのを覚えています。

平成8年頃ですから、すでに「バブルが崩壊」していた時期ではあるものの、今では考えられないほど景気良かったのかもしれません。
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そうこうしているうちに、3月を迎えかにシーズンが終盤にさしかかってくると、館内では、板場さんが次々と退職され、人手不足の調理場を補うために、私は、フロントから調理場へ部署替えとなりました!ここから私の調理場見習いがはじまりました!

つづく

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丹後に魅せられて…あれから20年②

2016年8月24日  丹後に魅せられて…あれから20年, 絶景の日本海シリーズ! 

おはようございます!
琴のやの形部です!

日中は、30℃越えの予報の今日の丹後地方ですが、朝晩はめっきりと過ごしやすくなり、
秋の気配を感じるこの頃です!
昨日の夕日は、一直線に伸びた夕日の下に顔を出した夕焼けが、とても素敵でした!

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今日は、昨日のつづきをしたいと思います。
夏の間、浜茶屋のお手伝いをしていた私は、9月からは、12月の新館オープンの準備に取り掛かりました。
オープンの告知のチラシを京阪神各所に手配りしたり、旅行代理店に営業活動に行ったり、丹後では備品の準備など。私にとっては初めての旅館業。右も左もわからず、先輩たちに言われるがまま過ごしておりました。
携帯電話を持ったのもこの頃でした。しかし私たちの住む丹後地域は、
まだ携帯電話も繋がっていなかったように記憶しています。
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そんなある日、兄に朝の定置網に連れて行ってもらいました。
船から水揚げされる魚たち。
これも初体験でした!
その場で水揚げされた「あじ…(だったような)」お刺身の鮮度の良さには、カルチャーショックを受けました。

前述のように≪海なし県≫奈良県で育った私は、幼少の頃からあまり魚が好きではありませんでした。特に煮魚は大の苦手で、親の残した「大根のけん(つま)」ばかり、食べていたように記憶しています。

それもそのはず、通常奈良に住んでいると、近郊の漁師さんが獲った魚は、セリにかけられ、卸市場を経由して小売店→消費者の元へ届けられます。朝に水揚げされたお魚を、直接お客さんに提供できる産地とは、まさに≪鮮度が違う≫ことを実感しました。

確かに都会に比べ、携帯電話もつながらない、コンビニもないような、便利の悪い田舎ですが、逆に都会では味わうことのできない魅力のたくさんあるところであるという気がして、少々この田舎暮らしが気にいった私でした!

つづく

京都 丹後 旅館 琴のや
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丹後に魅せられて…あれから20年①

2016年8月23日  丹後に魅せられて…あれから20年, 絶景の日本海シリーズ! 

おはようございます!
琴のやの形部です!
今日の丹後地方は、台風の影響か北風が少々強いですが、
天候はよく晴れて暑くなりそうです!
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今日は、私が子供の頃に持った丹後のイメージと現在に至った経過を少しお話させて頂きます。

海なし県≪奈良県≫に住む私にとって、丹後は、子供の頃に海水浴に訪れる「遠い田舎」という印象で、毎年、同世代の親戚の子供たちと過ごす≪夏の丹後≫は、ワクワク感が一杯でした!

そんな中、強く印象に残っている出来事があります。
確か中学生の頃丹後を訪れた時に、親戚の同世代の子たちと、列車を利用して海水浴に出かけようと、駅に向かいました。
「丹後大宮駅」に着いた時、列車がすでに出発をしたところでした。

1時間に1本しか走っていない列車に乗り遅れそうになった、私たちは大声で列車に向かって
「待ってー!止まってー」と皆で叫んだところ、一旦走り出した列車が止まってくれて、私たちを乗せてくれました!

日頃「近鉄奈良線」を利用していた私にとっては、まさにカルチャーショック!!!
まさに田舎ならではの光景でした!
(列車の安全管理・運行管理から考えて、今は、そういうことはないですが...)
もう30数年前のこと、心やさしい車掌さんがいたのでしょう!

そんな印象の丹後に私が移り住んだのが、今から20年前。
当時、東大阪の小さな町工場で輸出用の工業用ミシンの部品を作る会社につとめていた私は、兄が「丹後で旅館をはじめるから手伝って欲しい」と口説かれ、やってきたのが平成8年の夏でした。

浜茶屋みのり
まずそこで待ってたのは、浜茶屋のお手伝いでした。
ここからが私の丹後物語のはじまりです!

つづく

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